東京地方裁判所 昭和62年(ワ)367号 判決 1991年12月25日
原告 斉藤幸治
原告 荻山正一
右両名訴訟代理人弁護士 井上晋一
被告 株式会社数造形計画研究所
右代表者代表取締役 斉藤照雄
<ほか一名>
主文
一 被告らは各自原告らに対し、金四〇六四万円及びこれに対する昭和六二年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨。
第二事案の概要
一 本件は、新築ペンションの所有者である原告らが、その建築工事に重大な瑕疵があり損害を被ったと主張して、請負者の被告株式会社数造形計画研究所(以下「被告会社」という。)及び監理技師の被告斉藤輝雄に対し、請負契約上の瑕疵担保責任及び不法行為を理由に損害の賠償を求める事案である。争点は、被告らの損害賠償責任の存否である。
二 争点(原告らの主張)
1 原告らは、昭和五九年八月一日、被告らとの間で、原告らが静岡県伊東市富戸字先原に住居兼ペンションとして建築を予定した建物につき、被告会社を請負者、被告斉藤を監理技師とし、工事名を「クルミの森ペンション新築工事」、請負代金額を二九七二万円とする設計・設計監理及び施工の請負契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
2 原告らは、昭和六〇年五月九日、被告会社から、本件契約に基づいて建築された建物(以下「本件建物」という。)の引渡を受けた。
3(一) 引渡後、梅雨期を迎えて、一階の各部屋の床面にたびたび雨水が浸入するという事態が発生し、昭和六〇年七月初めには、一階居間の和室の畳、各部屋の押入れ、洋室のカーペット等にカビが繁殖し、畳が腐蝕し、異臭が鼻をつくという状況になった。そのほかにも、玄関の扉が閉まらない、ダイニングや二階客室の壁に雨水漏れのシミ、風呂場のタイルの亀裂、二階廊下のきしみ、外回り排水の不良等、営業上も放置できない重大な瑕疵が多数発現するに至った。
(二) このうち、一階床及び壁面への浸水は、以下のような重大な工事瑕疵によるものである。すなわち、外壁下端(土間コンクリートのべた基礎とその上に乗せられている根太との間)に水切り処理がなされていないうえ、土間コンクリートの上に直接床材(畳・ジュータン)が敷かれているため、雨水が根太と土間コンクリートの間の間隙から毛細管現象によって浸入し、水分が土間コンクリートの上に直接敷かれた床材に繰り返し吸収されるほか、土台、スタッド、壁のプラスターボードも水分を吸い上げるため、天井を除く内装材が常時湿った状態となる。また、土間コンクリート下に断熱材を敷いていないため、土間コンクリートの表面で温度差による結露が生じ、これによる水分が床材に吸収されることになる。そして、土台下に防水紙を敷いていないことが、更に事態を悪化させている。
また、二階への雨漏りは、①アルミサッシュやその他の外部開口部枠の外壁との取り合いの不良、②屋根ケラバの納まりの不良、③出窓屋根と外壁取り合いの谷桶の納まりの不良、④外壁の亀裂、⑤サッシュの水密性・耐風圧強度が弱いことなどによるものである。
その他各所の変形、軋み、窪みは、その施工精度の粗悪さを裏付けているばかりでなく、重大な構造的瑕疵の存在すら窺わせるものである。
4 原告らは、昭和六〇年七月初め以降、被告らに対し右瑕疵の修補を要求し、被告らも一旦は瑕疵の存在を認めてその修補を約束した。しかし、被告らは、その後一向に修補工事に着手せず、電話には居留守を使い、内容証明郵便は故意に受け取らないという不誠実な対応に終始した。このため、原告らは、請負残代金の支払いのため振り出していた額面金額四四〇万円の約束手形(支払期日昭和六〇年九月一日)の支払いを拒絶したが、被告会社からペンションの家具・調度品の仮差押を受けたため、営業上の信用喪失の危険に迫られ、やむなく手形金の支払いに応じた。その際、被告らは、原告らの強い要求に応じて、腐蝕した畳の修補、一階床面への雨水の浸水を防ぐ応急処置に応じたが、抜本的な補修工事には応じなかった。
5(一) 前記瑕疵のため本件建物については早急な補修工事を要するが、既に構造材の変質・腐蝕、ダニ・虫の繁殖が進行している雨水の浸入に対する抜本的補修が不可欠である。そのためには、①雨仕舞・外壁下端の水切り処理、②一階床組仕様の変更、③土台廻りの防水・防湿・防腐対策を目的とした納まりの変更が必要となるところ、断面積の小さい部材を接合した壁で支える、いわゆるツーバイフォー工法によっている本件建物の場合、建物をリフトアップして平行移動する工法は、建物の崩壊を招くか少なくとも著しい損傷を生じる危険があるためにとれず、結局、上部躯体を一旦取り壊すほかはない。そのための工事費用は、三六一四万円である。
(二) 右工事中、原告らは、営業を停止し、仮住まいを余儀なくされるが、二度の引越費用として七八万円、住居家賃等として七二万円を要する。
(三) 原告らにとって、本件建物の建築は、従来の職を捨て、家を処分して、ペンション経営に踏み切ったもので、家族全部の生活を賭けた退く道のない切実な選択であった。しかるに、本件建物は家族の生活という最低限の要求にも答えられないものであり、原告らは、常時浸水、カビ・ダニの発生、畳の腐敗等、およそ快適な生活と程遠い劣悪な環境を強いられることになった。しかも、その原因が基礎土台部分への雨水の浸入という建物の構造材に直接影響を及ぼす欠陥によるものであるだけに、将来にわたって建物の耐久性を危惧せざるを得ない。これらによる原告らの精神的苦痛は深刻であり、その損害は三〇〇万円を下らない。
6(一) 被告会社は、本件契約の請負者として、工事の設計・監理・施工につき十分な注意をなすべき義務があるところ、前記工事瑕疵は、いずれも建物建築上の初歩的部分であり、一階床組の構造については明らかな設計ミスがあり、雨仕舞・断熱・防水工事については施工・監理のミスは明白である。
したがって、被告会社は、請負工事の瑕疵担保責任及び不法行為責任に基づき、原告らの被った前記損害を賠償する責任がある。
(二) また、被告斉藤は本件契約の監理技師であり、本件建物の設計・監理も実質的に同被告が行い、その過失により前記瑕疵を生じさせたものにほかならない。
したがって、被告斉藤は、請負工事の監理者としての瑕疵担保責任及び不法行為責任に基づき、原告らの被った前記損害を賠償する責任がある。
第三争点に対する判断
一 本件建物の建築
《証拠省略》によれば、原告らは、昭和五九年八月一日、被告らとの間で、原告らが静岡県伊東市富戸字先原に住居兼ペンションとして建築を予定した建物につき、被告会社を請負者、被告斉藤を監理技師とし、工事名を「クルミの森ペンション新築工事」、請負代金額を二九七二万円とする設計・設計監理及び施工の請負契約(本件契約)を締結したこと、右建築工事については同年九月四日建築確認が下りて着工され、途中一部設計変更が行われたうえ、昭和六〇年三月初め頃には入居可能な程度に完成したこと、本件工事については、被告会社側から、別途工事、追加変更工事等を理由に工事代金の追加請求が次々になされ、結局工事費は総額四一五〇万円に達したこと、原告らは、同年五月九日、被告会社との間で残代金の額を四四〇万円と合意し、その支払いのために有限会社ペンション・クルミの森振出の約束手形(額面金額四四〇万円)を被告会社に交付し、本件建物の引渡を受けたことが認められる。
二 工事瑕疵
《証拠省略》を総合すると、次のような事実が認められる。
1 引渡後、梅雨期を迎えて、風雨の強い時には、一階玄関の外壁裏床入隅部や両開きドア、一階食堂の南側出窓及びテラスへの出入口部分の天井等から雨が吹き込んで床が水浸しになり、更に、一階の各管理人室(居間)の外壁と床の付け根部分からたびたび雨水が浸入するという事態が発生し、このため、一階居間の和室の畳、各部屋の押入れ、洋室のカーペット等にカビが繁殖し、畳が腐蝕し、異臭が鼻をつくという状況になった。そのほかにも、玄関の扉が閉まらない、食堂や二階客室の壁に雨水漏れのシミ、風呂場のタイルの亀裂、二階廊下のきしみ、外回り排水の不良等が発生し、ペンションの営業上多大の支障が生じるに至った。
2 そこで、原告らは、昭和六〇年七月初め頃、被告らに対し右の事情を告げて補修方を要求した。これに対し、被告斉藤及び下請業者の信興建設こと村上某が本件建物を訪れて該当箇所を検分し、早急に補修することを約したが、その後信興建設が玄関のドア等を一部手直ししただけで、補修の約束を守らなかった。そこで、原告らは電話で被告斉藤に連絡を取ろうとしたが、不在等を理由に連絡がつかず、また、原告らが発送した不良個所の改善・補修を求める内容証明郵便等を被告らが受け取らなかったため、原告らは、残代金の支払いのため振り出した前記約束手形について、その支払期日である昭和六〇年九月一日に、異議申立提供金を預託したうえ、手形金の支払いを拒絶した。これに対し、被告会社は、同月二一日、本件工事残代金債権を被保全債権として、原告ら所有の有体動産及び右異議申立のための預託金返還請求権について仮差押決定を得たうえ、本件建物内にあった有体動産(ペンションの什器備品類)及び右預託金返還請求権について仮差押を執行した。このため、右什器備品類の仮差押によってペンションの営業に悪影響が生じることを恐れた原告らは、同年一〇月二日、被告会社の代理人高橋省弁護士との間で、右残代金すなわち手形金の支払義務のあることを認めて、示談を成立させた。その際、被告らは、本件建物の工事瑕疵の補修問題については誠意をもって解決することを約し、腐蝕した畳の取替え等の応急処置を講じたものの、翌年の雨季にならないと被害状況の判明しないものについては被害状況の判明した時点で責任をもって解決する旨を約した。
3 しかし、前記のような被害はその後も解消しないばかりか、雨水の浸入等は全然おさまらず、このため、基礎土台の木材やこれに接する外壁の合板、押入れ床下の根太等が腐朽し、畳・ジュウタン等の腐蝕も進み、カビが発生し、ダニや羽蟻等も発生するなど、被害が増大している。そのため、原告らは、家具の下に木をあてがうなどして、湿気による被害を防いているが、同居していた原告荻山の孫が喘息にかかり転居を余儀なくされたうえ、ペンションの客からカビや悪臭に対する苦情が出るなど、営業上も支障が生じている。
4 前記被害のうち、一階床及び壁面への浸水は、外壁下端すなわち土間コンクリートの布基礎とその上に乗せられている木材との間に水切り処理がなされていないうえ、土間コンクリートの上に直接床材(畳・ジュータン)が敷かれているため、雨水が右木材と土間コンクリートの間の間隙から毛細管現象によって浸入することによるもので、水分が土間コンクリートの上に直接敷かれた床材に繰り返し吸収されるほか、土台、スタッド、壁のプラスターボードも水分を吸い上げるため、天井を除く内装材が常時湿った状態となる。また、土間コンクリートの布基礎の間に断熱材を敷いていないため、冬季には土間コンクリートの表面で温度差による結露が生じ、これによる水分が床材に吸収されることになる。そして、土台下に防水紙を敷いていないことが更に事態を悪化させている。右のような水切り処理を施すこと、土間コンクリートと布基礎の間に断熱材を敷くこと等は、この種建築工事の基本に属することであり、これらを欠いていることは、重大な工事瑕疵に当たる。
また、一階玄関の外壁裏床入隅部や両開きドア、一階食堂の南側出窓及びテラスへの出入口部分の天井等からの雨水の吹込み、二階客室等の雨漏りは、①アルミサッシュやその他の外部開口部枠との取り合いの不良、②屋根ケバラの納まりの不良、③出窓屋根と外壁取り合いの谷桶の納まりの不良、④外壁の亀裂、⑤アルミサッシュの水密性・耐風圧強度が弱いことなどによるものである。
三 被告らの責任
《証拠省略》によれば、本件契約の請負者である被告会社は、工事の設計・施工につき、また、被告会社の代表取締役であり、本件契約の監理技師である被告斉藤は、本件建物の設計・監理・施工につき、それぞれ十分な注意をなすべき義務があるところ、前記工事瑕疵はいずれも建物建築上の初歩的部分であり、一階床組の構造については明らかな設計ミスがあり、雨仕舞・断熱・防水工事については施工・監理のミスがあったというべきであるから、被告らは、瑕疵担保責任及び過失による不法行為責任を免れず、右工事瑕疵によって原告らの被った損害を賠償する責任がある。
四 損害
1 《証拠省略》によれば、次のような事実が認められる。
(一) 前記認定のような建物の瑕疵をそのまま放置しておくことは、建物の耐久性を損なうばかりでなく、ペンション経営面での損失を拡大し、家人の健康を害するおそれもあるところから、本件建物については早急な補修工事を要するが、なかんずく既に構造材の変質・腐蝕、ダニ・虫の繁殖が進行している雨水の浸入に対する抜本的補修が不可欠である。そのためには、①雨仕舞とりわけ外壁下端の水切り処理、②一階床組仕様の変更、③土台廻りの防水・防湿・防腐対策を目的とした納まりの変更が必要となるところ、土台及び土台廻りの壁体は既に腐朽が始まっているし、釘等の金物の発錆が進行しているため、長期の耐用性を考慮すると、土台・スタッド・壁のプラスターボード・金物等の部材の取替えが必要である。
(二) そして、土台廻りの部材を取り替えるためには、一旦上部躯体を基礎から浮かせる必要があるが、一〇〇ミリ角程度以上の土台の上に一〇〇ミリ角以上の柱を組み、梁・小屋を掛けて、火打ちや筋交いで補強する木造在来工法の建物の場合は、いわゆる「曳き家」(建造物を解体しないで、機械又は人力によって水平移動させ、あらかじめ造られた基礎の上に移す工事)の手法で、土台下や柱の脇に支持材を渡し上部躯体を持ち上げることが可能であるが、断面積の小さい部材を接合した壁で支える枠組み壁工法(いわゆるツーバイフォー工法)によっている本件建物の場合、「曳き家」の手法は建物の崩壊を招くか少なくとも著しい損傷を生じる危険があるためにとれず、結局上部躯体を一旦取り壊して造り直すほかはない。そのための工事費用は、三六一四万円を下らない。
2 《証拠省略》によれば、右補修工事にはおよそ四か月を要することが認められるところ、前記のような工事の内容に照らすと、原告らが、右工事期間中、本件建物での営業を停止し、仮住まいを余儀なくされることは見やすいところであり、そのための引越費用及び家賃等として一五〇万円程度の出費を要することも、弁論の全趣旨に照らして、明らかである。
3 《証拠省略》によれば、原告らは、従来の仕事を辞め、横浜市内にあったそれぞれの自宅を処分して、家族共々環境の良い伊豆高原に移り住み、ペンションを共同経営しつつ生活することを計画し、本件建物の建築に踏み切ったこと、しかるに、さきにみたように、本件建物は家族の生活という最低限の要求にも答えられないものであり、原告らは、常時浸水、カビ・ダニの発生、畳の腐敗等、およそ快適な生活と程遠い劣悪な環境下に居住することを余儀なくされ、実際に原告荻山の孫が健康を害するに至ったほか、ペンション営業上もかなりの損失を被ったこと、しかも、その原因が基礎土台部分への雨水の侵入という建物の構造材に直接影響を及ぼす欠陥によるものであるだけに、建物の耐久性を危惧しつつ生活することを余儀なくされたこと、このため原告らはかなり深刻な精神的苦痛を被ったことが認められ、右被害の実態等に照らすと、原告らの被った精神的損害に対する慰藉料の額は、三〇〇万円を下るものではないというべきである。
五 結論
以上によれば、被告らは各自原告らに対し、瑕疵担保責任及び不法行為責任に基づき、四〇六四万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和六二年一月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の本訴請求はすべて理由がある。
(裁判官 魚住庸夫)